全酪新報/2025年5月10日号
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「米国側へ関税措置見直しを要求、自民党議員からは農業への影響を懸念する声」――日米関税交渉

赤澤亮正経済再生相は5月7日、自民党が党本部で開いた会合で、このほど米国で行われた日米関税交渉の協議について報告。米国に対し、一連の関税措置の見直しを強く申し入れたことを報告した。(右:小野寺本部長)

一方、議員からは国内農業への影響を懸念する声をはじめ、しっかりとした国内対策を講じるべきという意見が出た。次回の閣僚間協議は5月中旬以降予定。(右:赤澤経済再生相)-詳細は全酪新報にてご覧ください-

7日に党本部で開かれた対策本部
お断り=本記事は5月10日号をベースにしておりますが、日々情勢が急変しており、本ホームページでは、通常の態勢を変えて本紙記事にその後の情報も加えた形で状況を掲載するなど、一部記事の重複などが生じることもあります。ご了承ください。
「農林水産品犠牲にしない、日米関税交渉めぐり決議」――自民党
自民党は4月25日、米国との関税交渉をめぐり、農林水産品を犠牲にしないよう強く求める旨を明記した決議を取りまとめた(一部既報)。決議は党、食料安全保障強化本部、総合農林政策調査会、農林部会、水産総合調査会、水産部会の連名。概要は次の通り。
関税措置に係る米国との協議に関し、4月17日に赤澤大臣が訪米して協議が行われたが、農林水産物に関する協議姿勢について、党内において懸念が生じている。
そもそも、TPP、そして、米国がTPPから脱退した後に日米間で合意した日米貿易協定における農林水産品に関する合意内容は、ギリギリの交渉の結果として受け入れたものである。
我が国がこれらの合意を誠実に履行している一方、米国側が一方的に自動車関税を引き上げ、農林水産品を含め我が国からの輸出に対し相互関税を課しているが、直ちに撤回されるべきである。この際、自動車関税を引き下げたり、工業製品を守るために、農林水産品を犠牲にするような交渉方針は断じて受け入れられない。
また、米国政府は貿易赤字を問題視するが、農林水産品については日米間で約2兆円の米国の貿易黒字となっており、米国の貿易赤字削減に大きく貢献している。
我が国が食料安全保障を確保するため、食料・農業・農村基本法を改正し、国内生産基盤の維持・強化を進めている中、農林水産品を犠牲にすることにより国益を損なうことはあってはならない。
政府は、農林水産業の生産基盤の強化を図り、輸出の拡大を一層すすめるとともに、守るべきは守るとの姿勢を徹底し、米国との協議に臨むべきである。
右決議する。
「会員向け説明会を都内で開催、新基金など事業への理解や協力呼びかけ」――Jミルク
Jミルクは4月24日、都内で事業説明会を開催。牛乳消費や国産乳製品の需要拡大など25年度の重点施策等を会員らへ説明するとともに、需給変動時の備えとして新たに創設した基金事業の概要を紹介。内橋政敏専務は冒頭あいさつで、「先の見通しづらい厳しい情勢が依然続いている。業界関係者一丸となって乗り越えるためにも、Jミルクの事業への参加や活用、理解・協力をお願いしたい」と呼びかけた。
会合では25年度事業の概要として、牛乳・乳製品の消費拡大や理解醸成に関する情報、学術調査関連事業の活動報告、国際組織との連携・情報収集等の取り組みを説明。このうち消費拡大に関しては重点施策として、不需要期の対応における牛乳を中心とした消費拡大に取り組みつつ、乳製品についても関係団体等と連携して活動を推進する。
このうち、業界関係者と意見交換を図る「国産牛乳乳製品の需要拡大情報連絡会」では、活動課題の共有や方向性、各組織の役割分担・連携を話し合い、事業へ反映。不需要期に向けたコンテンツ開発などを目指す。
また、農水省と創設した消費拡大運動「牛乳でスマイルプロジェクト」では、交流会をはじめ、所属メンバーや関係者による消費者向けの価値向上・理解醸成等と連携したPR活動も実施する。
さらに、学校給食のない休日にも子どもたちに牛乳を摂るよう働きかける「土日ミルク」では、ツールの無償提供などを通じて活動を盛り上げる。このほか、牛乳の日・牛乳月間において、運動後の牛乳飲用による熱中症予防や乳和食による利用提案などを行う。
現在参加を募っている酪農乳業需給変動特別対策事業についても説明。5月末が同意書の提出期限であるとして、全国で需給対応を行っていけるよう協力を求めた。

オンライン参加等含め210名が出席した
「10年後の家畜改良増殖目標、個体乳量9500~1万㌔目指す、乳用牛頭数は現行よりやや減少」
新酪肉近とともに見直しを行った、10年後、2035年度(令和17年度)の家畜の能力や体型等の指針となる家畜改良増殖目標が示された。それによると、35年度における乳用牛の目標頭数は127万頭(現在133万5千頭)。一方、乳用雌牛の能力目標のうち、乳量については現在の1頭当たり8809㌔から、9500~1万㌔と個体乳量のさらなる向上を目指す【表】。
増殖目標では、優れた長命連産性や泌乳持続性といった能力に関する改良の方向性。極端な大型化の抑制や搾乳ロボットへの適合性、乳器や肢蹄の改良推進など、体型に関する目標について提示。また、能力向上に資する取り組みとして、牛群検定の活用や、NTPに基づく総合的に遺伝能力が高い国産種雄牛の作出・利用の推進、近交係数上昇への対応などを明記した。
このほか牛群検定から得る情報を基に飼養管理の改善を促進するとともに、スマート農業技術等を活用した飼養管理・繁殖管理の効率化の推進、アニマルウェルフェアへ配慮した飼養管理、環境負荷低減の取り組み推進等を課題として提示。飼養衛生管理基準の遵守徹底や農場HACCP制度の普及等を推進すべき取り組みとして掲げた。
能力と体型に関する改良目標の主なものは以下の通り。
<能力目標>
乳量=2013年導入のゲノミック評価の信頼性向上等の成果により、酪農経営の収益に関係する1頭当たり乳量は増加傾向にある。引き続き、経営全体の生産性及び乳用牛の生涯生産性を高めるため、繁殖性の向上を始め、各形質との全体的なバランスを確保した上で乳量の改良を推進するものとする。
乳成分=消費者ニーズに即した良質な生乳が、牛乳・乳製品の多様な用途に安定的に仕向けられるよう、乳用雌牛の改良に当たっては、現在の乳成分率を維持することを基本とする改良を推進するものとする。
なお、乳脂率については飼養環境等の影響を受け、表型値(実際の乳成分率)が大きく変化することから、良質粗飼料の給与等を含めた飼養管理の高度化とともに、将来的な需要の変化に対応するため乳用牛の能力の底上げを行っていく必要がある。このため、乳量を含む他の泌乳形質の改良量を考慮しながら、NTPのうち乳脂量の割合の見直しを行う。
長命連産性=酪農経営の改善を図るために、生産性の向上に資する繁殖性や耐久性に重点を置いた改良を推進するものとする。NTPについては、22年の変更で「在群能力」が、24年の変更で「繁殖性指数」が組み入れられたところであり、これらの検証を引き続き進めるとともに、特に遺伝率の低い繁殖形質については、ゲノミック評価の信頼性確保と利活用の促進を通じて改良を推進する。
さらに、今後、疾病抵抗性に係る評価の開始とNTPに疾病抵抗性等を新たに加えることにより、長命連産性の改良を引き続き促進する。
泌乳持続性=泌乳期間中の乳量の変化が小さければ、飼養管理が容易になることに加え、泌乳前期の負のエネルギーバランスの改善や代謝異常等の低減が見込まれる。加えて、泌乳持続性が高い牛は、泌乳ピークにおける濃厚飼料給与量の低減効果が期待できるため、引き続き泌乳持続性の改良を推進する。
<体型目標>
家畜飼養環境に応じて牛群の体型の斉一化及び体各部の均衡を図ることとする。繋ぎ牛舎の牛床や搾乳ロボットの大きさを考慮する必要があること、体の大きさは肢蹄の故障や蹄病の発症と関係があること等から、極端な大型化を抑制し、淘汰リスクを減らす観点からNTPの24年の変更では「大きさ指数」を組み入れたところである。引き続き適正な大きさについて検証を行うとともに、乳用牛の長命連産性に合わせて、搾乳性や強健性の向上のため、乳器や肢蹄の改良についても推進する。
また、酪農の労働負担軽減を図るために搾乳ロボットの導入が進んでおり、24年8月には種雄牛に係るロボット適合範囲を公表したところ。牛群全体の搾乳ロボットへの適合性を高められるよう、生産現場へ本適合範囲の情報提供を推進する。

「野生鳥獣問題を考える」――第6回
静岡県立農林環境専門職大学名誉教授
小林信一
~~海外から学ぶ養鹿業~~
「漢方、食肉、皮、剥製などに利用 各国の伝統・文化に沿って発展」
鹿茸生産中心の東アジア
海外ではシカを家畜として飼うことが行われている。養鹿業(ようろくぎょう)と呼ぶ。例えば中国では旧満州の中国地方を中心に養鹿業が盛んで、一大産業として地域を支えている。
シカを飼う目的は、鹿茸(ロクジョウ)生産のためだ。鹿茸とは、シカの幼角を乾燥させたもので、漢方の生薬として珍重されている。2千年前の『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』という書物にも収載されていて、薬効として滋養強壮、強精、鎮痛があると言われている。主に飼われているのは梅花鹿(ばいかろく)と呼ばれる種類で、ニホンジカと同種で、大陸から渡ってきてニホンジカと呼ばれるようになった。
シカのオスの角は、毎年生え変わるが、春から伸び始め、夏までは袋角(幼角)と呼ばれる皮膚と産毛に包まれた柔らかい角の状態だ。英語ではベルベットと呼ばれ、まさにビロードのように光沢があって美しい。幼角は軟骨から骨として成長し、夏の終わりごろまで伸び続ける。その後、堅くなり秋の発情期でのメスをめぐる争いの武器となる。角は年齢とともに大きくなるので、大きい角では1日に2㌢以上も伸びる。
中国では再生医療研究に鹿角が使われているほどだ。この堅くなるまでの幼角を切り取り、乾燥して輪切りや粉末で鹿茸として使われる。鹿茸生産目的の養鹿業は、中国以外にも台湾や韓国でも行われている。

中国の養鹿場。鹿茸生産が主
野生シカを家畜へ、ニュージーランド(NZ)の挑戦
欧米では主に鹿肉生産を目的とした養鹿業が行われているが、近代的な養鹿業が最初に確立されたのは実は欧米ではなくNZだった。NZにはシカはもちろんのこと、哺乳類は元々いなかった。シカはハンティング目的で19~20世紀に欧州から導入された。ところが増えすぎて、生態系の破壊や山崩れ、牛結核などの家畜の病気をまん延させる恐れなどのため、国が補助金を出して駆除に乗り出した。しかし、その試みは必ずしも成功しなかった。この過程はシカが外来種であることと在来種であることの違いはあるものの、我が国の状況と似ている。
NZではその状況から発想の転換を行い、野生のシカを生体捕獲して家畜として飼うことを始めた。筆者が最初にNZを訪問したのは1970年代末だったが、そのころ鹿牧場は各地で増え始めていた。鹿牧場は約1.8㍍の柵がめぐらしてあったので、すぐに分かった。当時は酪農不況で、酪農場から鹿牧場への転換が相次ぎ、80年代のピークにはアカジカを中心に約200万頭のシカが飼われていた。現在は約70万頭にまで減少しているが、鹿肉や幼角、皮革は重要な輸出産品となっている。どの産品も日本にも輸出されているが、主に肉は欧州、幼角は中国へ輸出されている。
お狩場ビジネス、アグロツーリズム等多様な形で
欧州における養鹿業は、NZのノウハウを導入する形で1980年代から始まった。最も養鹿業が盛んなのはドイツだが、英国、フランス、オーストリア、ベルギー、東欧など各国で養鹿場が見られる。2020年にはコロナ禍とロシアのウクライナ侵略で中止になってしまったが、ウクライナの隣国スロバキアで第8回世界鹿会議が予定されていた。

放牧しているドイツの養鹿場
シカの飼養目的は主に鹿肉だが国によって若干の差が見られる。トロフィーを目的とするスペイン、ラトビア、エストニアや、アグロツーリズムの盛んなフランス、ベルギー、イタリアなどがある。トロフィーとは、立派な角を持つオスの首から上を剥製にして壁に飾るもので、狩猟の戦利品という意味では我が国の魚拓と似ている。
本来は野生シカの狩猟によるが、お狩場を経営してハンターから料金を取っている養鹿場もある。欧州では50㌶程度の狭い所もあるが、筆者がNZで訪問した養鹿場は2千㌶以上の面積を持ち、シカを飼っているのは200㌶程度だが、残りは自然草地のままで、そこにハンターを入れて自由に野生動物の狩猟ができるようにしていた。海外からのハンターは数日間そこに宿泊しながら獲物を求めてハンティングを楽しむ。お狩場ビジネスは最も収益性が高いそうだ。高額料金(数十万円)を取るので、お客を満足させるために養鹿場からそっと立派なオスを狩猟場に入れる場合もあるとのことで、釣り堀を思わせた。
アグリツーリズムもハンティングを含むが、養鹿場にレストランや宿泊施設、売店などを併設して楽しんでもらう。筆者が訪問したドイツの養鹿場には、ホテル、レストラン、直売点の他、大きなホールもあり、そこでパーティや結婚式の披露宴も行えるようになっていた。シカの種類は、アカシカと小型のダマジカが中心だが、鹿肉料理は地域の伝統的な料理として溶け込んでいるとの印象が強い。欧州の特徴は、わが国で魚の天然物と養殖物が共存しているように、飼育鹿肉と野生鹿肉が補完関係にある点だ。ヨーロッパの人々は、ジビエの旬である秋から冬にかけて、野生シカなどの肉を食べることを楽しみにしているが、飼育鹿肉は周年的に安価に味わうことができる。しかも、品質的に安定している点もメリットとなって、野生鹿肉とのすみ分けが可能となっている。

ドイツの養鹿場の中の直売店