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酪農と文学 最終回

コメの数千年の歴史の陰で牛乳や乳製品はひっそりと息づいていたもの、食文化と呼べるには程遠いものだったと思います。「酪農と文学」にとりかかったのは、息を殺している異国の食文化が、文学(書物)のどれかにかくされていないか、との疑問にとりつかれたからです。それにはとてもわが国の書物だけに頼るわけにはいかなく、諸外国の書物にも首を突っ込んでいったわけですが、いずれにしても1人1作品を守りました。


それにしても、これだけ牛乳、乳製品がわが国にも定着しながら最近の文学作品における著述が少ないのが気になった次第です。


今回紹介する森瑤子の「ダブルコンチェルト」はその苛立ちを一掃してくれます。

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離婚危機の会話 腐敗牛乳が登場

1988-05-01 ダブルコンチェルト 森 瑤子著

20数年も結婚生活を続けてきた夫婦が離婚に向かってもがいている。妻は女流作家で夫の職業は判然としていませんが、にっちもさっちも動きのとれないような感情でもつれ合ってお互いに傷つけあうことになります。


こうした状況の渦の中では夫婦の会話は、お互いに怒気をこめて相手の心臓に遠慮なくつきささってきます。ましてどちらかが、何かの会合などで夜遅く帰宅した時などには、お互いに冷静さをよそおいながら毒矢の放ち合いとなる。


古今東西、小説に飛び交った夫婦の哀しくも、激しい会話は数え切れない程描かれていますが、この作品では、貴重な小道具となっているのが牛乳やヨーグルトなのです。


この章の夫と妻の会話にみられる大きな2人の間の亀裂が描かれているからこそ、この恋愛小説は、さらに重みをおびて進行していくわけですから、牛乳やヨーグルトのことでお互いなじり合う(極めてひにくをこめて、表面的にはユーモアさえ感じるのですが)この章は、作品の鍵になります。


さて、どのように会話の中に牛乳などが飛び交うかご紹介する前に少し説明が必要でしょう。


妻は仕事の関係でパーティに出て、そこで年下のアメリカ青年に注目する。結構アルコールも入って遅く帰宅する。夫は「早かったネ」とかなんとか言ってひにくの一声を放つ。見たくもないビデオを見るともなし見ながら夫の毒矢が妻を射る。「お前が用意しておいた料理はカナヅチがないと食えない程のしろものだ」とか「パーティでは酒を何杯飲んだんだ!」とか。


そして夫は言います。「冷蔵庫の中を探していたら何が出て来たと思う?」。売り言葉に買い言葉だ、妻は「一体何が飛び出してきたって言うの?」こういう調子ですが、次に紹介するのが作品の原文です。


『1年も前のしなびたニンジン。夫が言う。腐った牛乳。そこで夫はテレビから視線を外してわたしの横顔に注いだ。いいかね、と咬んで含める口調。2年間絶対に腐らないってラベルに書いてある牛乳が我が家の冷蔵庫の中では腐敗してるんだぜ?一体何年前に買ったんだ?3年?5年前?(後略)』


今の牛乳表示に2年間腐敗しない云々などという能書きなどないことなどは作者は十分承知していることでしょうがこのような表現がこの設定された会話にいかに効果的に使われていることか。


一方、妻も負けてはいないのだ『その牛乳のことだけど、とわたしは言った。買った日にはすでに期限の2年が切れていたのよ、きっと。(中略)だったらあなたがその牛乳を捨てたらいいじゃないの。あなたが手伝ってくれたらいいじゃない。なぜ何もかも全てわたしが1人でやらなくちゃいけないの?(後略)』


原文を少々紹介したが、これは割合に筋立った会話ですが、その後は痛烈なやりとりが続くのです。ジュースはなかったの?そんなものあるか、あったのは腐った牛乳と缶ビール。ビール腐ってなかったの?あなたの見たのは牛乳でなくヨーグルトじゃなかったの?リッター入りのヨーグルトなんて売ってるか!、最近はあるそうよ――。全てこういったトゲトゲした会話の連続なのです。


この後、この物語りは、離婚問題の解決をみないまま、主人公の女流作家は、年下(15才も)のアメリカ青年(フリーライターで血友病の疑いもある)を伴って、TV会社の要請により映画のシナリオ作製のため西オーストラリアに旅立ち取材活動を続ける中で、アメリカ青年との愛の葛藤に悩み、苦しみ、そして、その青年との離別を決意して成田に降り立つ。再び夫と出直そうと成田空港から帰国の電話を入れるが、その日夫は弁護士立会いのもとに離婚届にハンコを押していた。


長編恋愛小説ともいうべき作品ですから、ご紹介の内容だけではポイントをつかみにくいと思いますが、この作品の重要なファクターになっている夫婦の危機の哀しくも重苦しい情景を冷蔵庫にある、牛乳やヨーグルトを素材として作者は夫婦の会話を構成させていることです。


ここの牛乳やヨーグルトがまるでしゃべっているようにも思えます。それだけ牛乳や乳製品が定着していることを物語っていないでしょうか。


この作品は今年の4月25日初版として全国の書店で売られています。わが国の文学作品の中にも、日常の食料として牛乳や乳製品が位置づけされた形で登場してきたこと、そうした作品を最終回の作品として紹介させていただいた幸運に感謝し、とりあえず「酪農と文学」の幕といたします。

本連載は1983年9月1日~1988年5月1日までに終了したものを平出君雄氏(故人)の家族の許可を得て掲載しております。

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