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フランスの作家ルナールの「博物誌」の中には、みみずからはじまって鯨にいたるまで、多くの生物が短文で描写されており、乳牛などにかかわるものが3つ書かれています。その中の「ブリュネットの死」をとりあげてみました。どれもこれもかなり短い文章ですが、するどい観察の眼と、心あたたまる生きものへの情愛を感じるものです。


牧場主、牧夫、獣医が1頭の乳牛の死を前にして、どのような悲しみと、いらだちを見せているか見事に描かれています。読者のみなさんにはブリュネットと呼ばれるこの牝牛の死は、胸につまされると思います。

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牝牛の死を描く 悲しみの牧夫ら

1986-11-01

この短文の中に出てくる牝牛の名前はブリュネットという。ブリュネットは産褥熱(さんじゅくねつ)で死にかけている。


牛の死に直面して、農場主と使用人夫婦、そして獣医のやりとりが見事に描かれています。


好物の青草すら口にしないし、犢(こうし)が乳を飲もうとして、よろよろ近づいても、そのこうしの鼻先で押されても、フラフラするくらいに、弱りきっている。


さて、獣医さんは、過去もう駄目だといわれた牝牛を自分の治療で何頭も助けた思い出話を交えながら手当てをはじめるのだ、その様子が次のように描かれています。


『(前略)彼はビンの中の液体をブリュネットの腰のあたりに筆で一面に塗りつける。「こいつはちょっと発泡膏みたいな働きをするんです」と彼は言う。「正確な調合は知りません。パリーから来るもんです。これで脳さえやられなければ、もうひとりでになおりますよ。万一、駄目なようでしたら、ひとつ冷水療法をやってみましょう。そんなことをすると、なんにも知らない百姓はびっくりしますがね。つまり、あなただから申し上げるわけです」』


ブリュネットは刻一刻と死へ近づいて行く。毛布でからだをつつんだり、懸命の治療が続くが、少し首をもちあげかけても、エサ桶(おけ)にぶっつけてしまう。


どの位の病状かは『彼女は頚と脚を伸ばし、ちょうど牧場で暴風雨(あらし)日にやるように、長々と寝そべっている。』と。


完全に死に近づいている、そこで獣医はさらに手をうつことにした。とうとう血を取ることを決断する。『最初、木づちで叩くと、刃針(ランセット)が血管の上を滑ってしまう。そこでもう一度もっとしっかり手元を決めて叩くと、錫(すず)の手桶の中にどんどん血が流れ出す。その桶には、ふだんなら乳がいっぱいなみなみと溜(たま)るのである。血を止めるために、獣医は血管の中へ鉄鋼の針を通す。』


その後、ブリュネットはだいぶ楽になったように見えるのだが、農場主や牧夫にはよくわからない。ひっきりなしに井戸水でしめした湿布をとりかえたり、頭が左の脇腹にぶっつからないように、しっかり角をつかまえていたりするのだが、依然として容態のよしあしはわからないのだ。


牧場主も獣医も、みんな悲しい気持ちだが、とくに牧夫は自分がまるで仲間の牝牛であるかのように沈うつな想いなのだ。女房が牛舎に運んできた朝のスープも普段のようにノドに通らないし、全部飲もうともしない。


そして、牧夫は言う『「いよいよおしまいだ」と彼は言う。「からだが膨(ふく)れてきたよ!」私たちは、初め、半信半疑である。しかし、フィリップ(牧夫の名前)の言ったのは本当だった。彼女のからだは目に見えて膨れて来、それがちっとも元へ戻らない。なかへはいった空気がそのまま抜けなくなってしまったようだ。』


このあと、牧夫の女房がブリュネットが死んだのかどうかたずねるが牧夫は、いらだちと悲しみをこめて「見ないでいい、お前なんか!」とどなる。


さらに牧夫は牧場主といらだちの会話を交わす。牧夫は、こんなに乳を出す牛はいない。代わりなんか簡単にみつからないという。牧場主もかっかしているのか自分でもびっくりするような大声で、代わりの牛をさがしに行く時はオレがそう言う!と。


毎日このブリュネットの世話をしていた牧夫にしてみれば、悲しみより、むしろ腹立たしくなったのはうなづけます。


一方、牧場主だって同じ気持ちなのだ。実際には教会の鐘(かね)はならなかったが、夕方、教会の鐘撞(かねつき)男と道で会った時、牧場主は思わず心のなかでつぶやくのだ。


『さあ、百スーやるぜ、ひとつ弔(とむら)いの鐘をついてくれ、俺のうちで死んだものがあるんだから』


乳牛の死を通じて、牧夫や牧場主の情愛が静かに読む者に伝わってきます。

本連載は1983年9月1日~1988年5月1日までに終了したものを平出君雄氏(故人)の家族の許可を得て掲載しております。

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